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ランプ類のLED化

最近の自動車のランプ類はLED化が進んでいる。
低電力で明るく、素子が小さいのでデザイン的な自由度も大きい。
ただ、大きな問題がある。効率がいいために発熱が少なく、ランプに着いた雪が融けないのだ。

最近になって騒いでいる人も一部には居るようだが、まだ社会的には話題になっていない。信号機は昨年あたりにメディアが取り上げていたし、それ以前に改良版も出ていた。

雪道、特に吹雪の中を走ると露骨にわかるが、ヘッドライトもテールランプも雪が融けずに真っ白になる。ハロゲンランプ等の白熱電球を使っているランプだと電球の発熱で雪が融けるのだ。雪で真っ白くなったランプは危険極まりない。

メディアが取り上げないので不思議に思ってググってみると、一部の人は問題視してはいるようだ。ただ、それがメーカーサイドに伝わっているかというと疑問だ。行政に対しても同じ。

未確認だが、海外にはLEDヘッドランプ装着車にはランプウォッシャーの取り付けを義務付けしている国もあるという。それこそ先進国だし大人の国だ。ヨーロッパではフォグランプの常時点灯やリアフォグランプの取り付けを義務付けているので、ランプウォッシャーも義務化している国があっても不思議ではない。

さてどうしようかと考えても、ランプ類を追加装備するなら自前でも出来るが、ランプウォッシャーはどうにもならない。メーカーが純正で用意しないとどうにもならない。

ただ、ウォッシャーがあっても使わなければ宝の持ち腐れ。無灯火と同じことだな。やはりユーザーが子供な国には何をやってもダメってわけだ。

先日のドライブでのお話

小樽からニセコへ向かうのに、いつものように余市から赤井川へ入り、赤井川道の駅の信号から393号線へのルートを使った。行きは吹雪の中で建設会社のパトロールカーに道を阻まれたが、途中で後に私が居ることに気がついて道を譲ってくれて順調に進むことが出来た。

しかし、峠を過ぎて下るにつれ辺りは軽くホワイトアウト状態。その白い中に黒いものが見え隠れしているのに気がついた。大きなワゴン車が真っ白くなっていて見えず、フロントにあるミラーがたまに見え隠れしていたのだ。リアウィンドウも真っ白でワイパーも熱線も使っていない。それに新しい車に多いLEDのテールランプなのだろう。ライトをつけているらしいのだがテールランプも雪で真っ白で見えない。白熱電球のランプなら熱で雪が少しは融けるのだが。

見通しが悪いため追い越せずに後を走るのだが、下手なので対向車線に入ったり、左の路側に寄ったり、ゆらゆらと蛇行していて怖かった。
幸いにも途中で右折してくれて見通しが良くなった。

そして倶知安から目的の場所へ向かう。途中は青空が広がっているが、直前まで降り積もった雪がたまの突風で飛ぶ状態。今まで見えていた目の前が一瞬でホワイトアウトする。そんな中でも無灯火の車が多い。割合多くの車がヘッドライトを点けているのだが、半数近くが無灯火のまま。「他人の振り見て我が振りなおせ」ではないが、他の車がライトを点けている理由を考えなくては。

帰りは国道経由で帰ろうか迷ったが、倶知安市内のノロノロからすると途中の国道も同様だろうと、帰りも393を選ぶことにした。

予想通り車は少なく、遅い車をテンポ良く追い越して行ったが、峠のトンネル前で小型車に追いついた。トンネルを出て少しすると直線路があるので追い越せるだろうと思っていた。

ところが峠の赤井川側は真っ白い吹雪。前に居た車は突然前を見失って蛇行を始めた。とても後ろにいられないくらいに減速したり蛇行したりを繰り返し始めた。吹雪で視界が悪いときの走り方を知らないととても危険だ。左の雪山に突っ込むだけならいいが、対向車線に入ってしまい、無灯火の車と激突することも十分に考えられる。

なんとか吹雪の間の見通しが良い瞬間に追い越してホッと一息。

そんな吹雪の中でもヘッドライトを点けていない車はけっこう居る。何を考えているんだか。

厳寒期の北海道を車で走る時の鉄則

1.雪が降って見通しが少しでも悪くなったらヘッドライトを点灯。
2.雪の中ではスモールランプ(ポジション)は意味がないので、ライトを点けるときは常にヘッドライトを使う。
3.晴れていても降った雪が舞うような風がある時はヘッドランプを点ける。
4.吹雪の中ではリアウィンドウの熱線はオンのまま。リアウィンドウのワイパーがあるなら動かして後ろが見えるようにする。ウィンドウの雪がないだけでも後ろの車から多少は認識してもらえる。
5.たまに停まったらリアの雪を落とす。
6.吹雪いて前が見えなくなったら、前を真剣に見たまま、左の路側の雪山と、路側を示す標識を視界に捕らえて車を自分の車線の中に保つ。急に停まると追突される危険があるので、先行する車に注意しながら前へ進む。
7.経験が無いなら田舎道ではなく、表通りの国道など交通量が多い道を選ぶ。そういう道はコーナーに街灯などが整備されていて多少は走りやすい。

20年ほどe-mailを使ってきて初めて知ったこと(笑)

もう20年ほどe-mailを使っているが、署名の上にある「– 」マイナスふたつとスペースひとつに意味があることを初めて知った。g-mailでも署名の上にデフォルトで入っているし、私が使っているBecky!というメーラーでも同様に入る。単なる区切りではあるのだが、きちんと規定されていたものだったのだ。

調べてみたところ「RFC」というインターネットの技術仕様を公開しているものの中に記述されていることがわかった。

RFC 3676 4.3. Usenet Signature Convention

すべて見たい人はここで見られる。
RFC日本語版リスト

やはり、疑問に思うことっていくつになっても大切だな~(^^;

リドリースコットも年ですね

リドリースコットは1979年の「エイリアン」、1982年の「ブレードランナー」などで有名な監督だが、その30年後に監督した2012年の「プロメテウス」では酷いありさまだった。映像はそこそこ良いのだが、基本的な「常識」とも「現実」とも言える部分が欠落していた。

未知の惑星で大気の簡単な分析だけでヘルメットを外す。未知の生物の死骸を隔離せずに宇宙船内に持ち込み素手で触る。未知の生物が近寄ってきているのに逃げようともせず、構えることもない。
現代の巷に居るヤンキーが登場人物でもあり得ない状況を設定している。そこまで見てやめました。どんな結果が訪れるか興味が失せました。おそらく都合のいい劇的なラストが待っているのでしょう。

リドリースコットは当時75歳。年なので監督という名目で細部は若手に任せていたのだろうが、その若手のレベルが低すぎる。科学的な側面のアドバイザーを置いてでも、基本的な「現実」の部分の検証を行わなくては「SF」という大きな「虚構」は成立しないのですよ。

試しにWebで批評を探したら悪い評価しかなかった。
でもみんな最後まで見たようですね。私は耐えられずに途中でやめました(笑)

サポート日記の笹本氏

パソコントラブル出張修理・サポート日記」というブログを開設しているオフィス・オービットの笹本氏が亡くなられた。
私のような仕事をしている人なら笹本氏のブログの情報には一度はお世話になっているだろう。
自動更新と思われる最後の書き込みは「皆様のご多幸をお祈り申し上げます。さようなら。」と結ばれており、何があったのかと心配していた人も多かったようだ。
私もその一人だったのだが、年末からのセキュリティ関係の情報をと思い「セキュリティホールmemo」を見ていて笹本氏の件を見つけるに至った。
氏のご冥福をお祈りしたいと思います。

秋の長い昼

 秋の夜長というが最近は昼も長い。夜が長くなると昼は短いはずだが、昼も長いのは何故かと思うだろう。
 年を重ねるごとに朝起きるのが早くなり、最近は6時には目が覚めてしまう。そうすると何も予定のない休日は8時頃には食事も昨夜の片付けも終わってしまい、昼間の時間をもて余してしまうのだ。夏の間はベイエリアの手伝いと、そのために溜まった用事でほとんどの休日はそれなりに予定があった。
 だが秋になると休みばかりで暇になったわけだ。山へ行こうとも考えたが前日が雨だったり天気が悪かったりで足が遠のいている。

 その秋の暇な昼をどこかへ行って時間を潰そうかと思っても、最近は一番若いネコのチャトが腎不全で長い時間家を空けることが出来ない。休みの朝には動物病院へも行かねばならない。そうすると時間潰しはテレビか映画鑑賞となる。

 こないだは久しぶりに映画2本を見た。「2001年宇宙の旅」と「モーターサイクル・ダイアリーズ」を続けざまに見て、「レナードの朝」を見るつもりが力果ててしまった(笑)

 「2001年宇宙の旅」は小5の時に本を読んで、わけがわからなくて何度も何度も読んで、映画を見たいと思ったら上映権をもつ会社が無くなって見る事が出来なかった。

 映画を初めて見たのは大学に入ってからのことだった。本当にわけのわからない映画だった。それには訳があって、「キューブリックが凝りすぎて予算を使い果たし、終盤の部分を抽象的な表現でごまかした」というのが一般に知られている理由だ。

 では本を読めばわかるというと、されは無理だろう。あの本はノベライズ版で映画の脚本を元に小説化したものだからだ。映画よりは幾分わかりやすいが、わかりにくいことに変わりは無い。一部の資料で小説があって脚本が書かれたとあるがおそらく間違いだ。発表された時系列で見ても映画が先で小説が後に発表されている。

 そのわかりにくい結末に説明を付けようとして2010年や2061年、3001年が書かれているが私は2010年を読んだところでやめにした。政治色が濃くなり夢のあるものではなくなったからだ。クラークも年老いて苦心したのだろう。

 「モーターサイクル・ダイアリーズ」はバイクの旅物として興味があり、どこかの評論で誉めていたのを見てみたいと思っていたものだ。ゲバラの若い頃のだとは知らなかった。だが映画的にも大変素晴らしいものであったが、ゲバラがなぜ革命家になったのか、その理由がわかりやすく、彼の生き方に共感を呼ぶ作品だと思う。見てから知ったことだがアカデミー賞も音楽でとっていたようだ。

 最近公開されたゲバラの2本の映画も見てみたくなった。秋の夜長ならぬ年寄りの暇はいい映画で潰すに限る!

ネビル・シュート『渚にて』

 大学時代に英語の教科書としてこの本を原文で読む前に、高校時代に創元社の文庫で読んでいたSF作品だ。だからずいぶんと英訳が楽だった(笑)

 創元社の本の紹介の中で「知る人ぞ知る、人類絶滅小説のベスト1」とあるが、確かに破滅してゆく世界を描いた物語としては一級品だろう。

 北半球が核戦争で死滅した後の南半球オーストラリアに暮らす人々を描いた作品で、破滅に向かう世界の住人が時に悲しく、時に生き生きと過ごす姿が何とも言えず悲しい映画だった。品のないパニック物の映画ではなく、上品な文学作品のように美しいシーンを今も憶えている。

 なぜ今頃そんな本や映画の話かというと、TUTAYAのキャンペーンでDVDが棚に並んでいるのを見かけたからである。ずいぶん昔に見たのでグレゴリー・ペックが主演していたことも忘れていた。また自分も見たいし子供たちにも見させたい映画である。

ネビル・シュート『渚にて』

 大学時代に英語の教科書としてこの本を原文で読む前に、高校時代に創元社の文庫で読んでいたSF作品だ。だからずいぶんと英訳が楽だった(笑)

 創元社の本の紹介の中で「知る人ぞ知る、人類絶滅小説のベスト1」とあるが、確かに破滅してゆく世界を描いた物語としては一級品だろう。

 北半球が核戦争で死滅した後の南半球オーストラリアに暮らす人々を描いた作品で、破滅に向かう世界の住人が時に悲しく、時に生き生きと過ごす姿が何とも言えず悲しい映画だった。品のないパニック物の映画ではなく、上品な文学作品のように美しいシーンを今も憶えている。

 なぜ今頃そんな本や映画の話かというと、TUTAYAのキャンペーンでDVDが棚に並んでいるのを見かけたからである。ずいぶん昔に見たのでグレゴリー・ペックが主演していたことも忘れていた。また自分も見たいし子供たちにも見させたい映画である。

iPadが電子書籍を加速しようとしているようだ

教科書代わり?――教育現場で存在感増すiPad(日経トレンディネット)
電子書籍自体はおおよそ10年ほど前からあり、電子辞書もそのひとつの形態だ。パピレスなどの電子媒体の書籍販売もその頃から存在している。しかしこの10年間に普及したのだろうか?
存在自体知らなかった人の方が多いはずだ。

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twitterやめました

「internet入門」の方に「はじめました」と書きましたがやめました。
どうも性にあわない。
仕事中につぶやき続ける奴。病気で休んでいるはずなのにつぶやいている間は元気な奴。
暇なのは別にどうでもいいのだが、どう見ても常軌を逸してるとしか思えないのが多い。
つぶやくのも見るのも暇な若者に任せます。
暇はそこそこあるけれど、それよりもやりたいことの方が多いので。