トランプが新造船の艦艇をトランプ級と名付け、黄金艦隊という名称まで飛び出したと聞いて、007シリーズ唯一ともいえるお笑い映画の「007黄金銃を持つ男」を思い出した。単純に「黄金」から連想しただけなんだが。
そこでCopilotに「トランプが黄金銃を持っている画像を作って」お願いしたら「実在の有名人が武器を持っている画像は作れない」と断られてしまった。
ではGeminiはとお願いしたらこんなのを作ってくれた。ありがと(笑)

どうして金色が好きなんだろうね(笑)
トランプが新造船の艦艇をトランプ級と名付け、黄金艦隊という名称まで飛び出したと聞いて、007シリーズ唯一ともいえるお笑い映画の「007黄金銃を持つ男」を思い出した。単純に「黄金」から連想しただけなんだが。
そこでCopilotに「トランプが黄金銃を持っている画像を作って」お願いしたら「実在の有名人が武器を持っている画像は作れない」と断られてしまった。
ではGeminiはとお願いしたらこんなのを作ってくれた。ありがと(笑)

どうして金色が好きなんだろうね(笑)
昨年からのコメの高騰が話題に上らない日はないが、どうも腑に落ちないのでデータを漁ってみた。
なぜかというと、私が社会に出たころ(1980年代)も今と似たような価格だった気がしたからだ。農水省のコメの価格のデータは同じ基準の物がなかったため、1960年から現在の農水省の似たデータを3つ繋げてみた。オーバーラップしている部分に大きな差はないのでほぼ同じと思って構わないと思う。
米の価格だけでは比べるものがないので平均年収も同じグラフに入れてみた。その結果が次のグラフだ。平均年収の1975年以前のものは見つからなかったが、バブル期以降はカバーできているので比較できると思う。

高度成長期からバブル期にかけてコメ価格が急激に高騰していることがわかる。その後は下降を続け2023年末から高騰して今の価格高騰に至っている。2003年の高騰は冷夏による記録的な不作が原因だ。
グラフを見て明らかなようにバブル崩壊後にコメ価格は下落を続けているが、平均年収の下落が1割程度なのにコメ価格は5割近くも落ち込んでいる。異常な落ち方だ。離農する気持ちが理解できる。子供に背負わせたくないと思うのもわかるし、子供も同じ苦労はしたくないと思うだろう。
ほぼ全てのメディアは2010年あたりからのデータしか見せないが、その以前を見ればコメ価格は異常な下落から正常値を超えて上がりすぎた様子が見えてくる。正常値を超えて上がったのは農水省の対応の遅れだ。上がってくれて嬉しいと放置したら上がりすぎた。たぶん農協も内情は同じだろう。
この状況が見えないような統計しか用意してこなかった農水省って農家の敵なんじゃないだろうか。統計値が追えないように基準を定期的に変更しているとも思える。そうして農家をこき使って使い捨てにしてきたように思えてしかたがない。また、マスゴミのゴミ具合も同様だ。
大臣にばかり責任を求めるが、マスゴミは国家公務員の無能ぶりは言葉にしない。飼いならされている国民も同様だ。
「失われた30年」という言葉を知っているだろうか。その30年に失われたものはもっと多い。
「エミリーパリへ行く」のシーズン1が公開された当時に見たときにはあまり感じなかったが、最近のlily collinsを見てから改めて見直している。なぜかと言うとHepburnの若い頃に酷似しているからだ。
シーズンが進むほどに美しくなっていると思う。これからの進化に期待したい。
高市のやり方を見ていてサッチャーの真似をしているつもりの偽物だと思ったが、やはり海外メディアもそうみているようだ。
さすが東京新聞。他の大手では書かない記事を書く。
「偽サッチャー」「自滅的」「時代遅れ」 高市首相の経済政策を海外メディアが酷評…ここまで言われるワケは(東京新聞)
記事のリンク先は見られなくなるだろうから、最初の部分だけ引用しておく。以下はその引用。
高市政権は先月に約21兆円の経済対策をまとめ、その裏付けとなる18兆3000億円の一般会計補正予算案を閣議決定した。コロナ禍以後、最大の規模だ。この予算の6割は借金である国債の発行で賄う。
積極的な財政出動で需要喚起を促し、国内産業の成長で税収増をもくろむが、海外メディアは手厳しい。
英ロイター通信が「自滅的」「自民党への支持を損なうリスクがある」と報じれば、英誌エコノミストは「タカイチノミクスは時代遅れ」とつづる。同誌は米ブルームバーグ通信ともども、日本から他国へ一斉に資金が流れる「資本逃避」が生じかねないと記す。
「偽サッチャー」と評したのは英紙テレグラフ。サッチャー氏といえば「鉄の女」と呼ばれた元英首相で、高市氏が尊敬する人物として挙げる。英国政治に詳しい早稲田大の高安健将教授は「サッチャー氏は政府が市場に介入せず、経済活性化を市場原理に任せた。高市氏は、経済に国家が介入することに躊躇(ちゅうちょ)がないように見える。経済思想の面では全く対照的」と話す。
早期退職してからコロナ禍の初期以外は年に3回は旅に出ている。「旅こそ人生」とまで言うほどではないが子供の頃から「旅」が好きだ。
国内でまだ行けていない地域もある中、一昨年は年に3回台湾に行った。中国の脅威が迫る中で今のうちに行かなくてはという焦りがあったためだ。
1度目はツアーで台湾全土を縦断した。だが、とてもつまらない「旅行」だった。年寄りに片足を突っ込んだ私が言うのもなんだが、品のない年寄り達と行動を共にするのは我慢が出来ないし、旅行会社の企画もつまらない内容だった。
2度目3度目は自分で便や宿を選んで台北で楽しんで見尽くした。
1度目で見た南部が忘れられず次は高雄と台南だと機会を探していて、ようやく安い便を取ることが出来て再訪する事になる。
日本人もそこそこ訪れているようだが、ガイドブックにもほとんど掲載されず、「地球の歩き方」でも1冊しか出ていない地域。
ここ数年の映画などで使われ始めているのだからこれから話題に上る機会が増えるのだろうか。
話題になって訪れる人が増えれば便も増えて便利になるのだろうが、反面行ってほしくないとも思う。古いいい街が昔のまま手つかずに残っているから良いのであって、人が殺到して壊れて欲しくないからだ。
さて、まだ少し先なのだが楽しみで仕方ない。
ずいぶん前からアクセルの踏み間違い、特に高齢者に多い事故が問題になっている。と言うよりも、問題視したマスコミの論調になっている。
さて、アクセルを踏み間違えたから何処かに突っ込むのか?
前進と後進を間違えたから駐車場のフェンスを突き破ってビルから落ちるのか?
普通であれば間違いを認識して修正する。ブレーキと思ってアクセルを踏んでも動いた瞬間に足を離しブレーキを踏み直す。前進のつもりが後進なら、一度止まってシフトを入れ直す。
修正する能力が無くなっているから事故になる。高齢者の事故として考えるなら大差はないかもしれない。しかし、どう防ぐかと考えると大きな違いがある。
マニュアル車に乗っている連中が「マニュアルならそんな事は起こらない」と言うが、考えれば分かるように同じことが起こる。私もマニュアル車に乗るから分かる。
高齢者の免許証更新時にどんな内容の試験を行っているかわからないが、ボケが始まっているかの診断ではなく、なぜ高齢者の運転が事故に繋がるかという論理的な解釈を抜きには意味がないだろう。
最近は野生生物への餌やりがいけない事なのは常識になってきた。良いことである。
ただ、未だにアップデート出来ない人々も多い。
昨今はクマの出没が問題になっているが、あれは人が被害を受けるから問題にしているだけで、野生生物が健康被害を受けていても問題視しない。
小樽でもカモメへの餌やりが多数行われているが、表立った批判は起こっていない。
カモメは魚類や甲殻類が主食であり炭水化物をあまり消化できない。この事はあまり知られていないようだが、そんなこと以前に餌やりはカモメに影響を与えている。
実はカモメは全国的に減少傾向にあり、準絶滅危惧種と捉える動きもある。確かに小樽港のカモメも10年ほど前に比べてかなり減少しているように見えるが、このあたりの統計は探しても見つからない。
エサを求めて人がいる所から離れようとしない個体や、船が通るとエサを求めて船に寄る群れも居る。それについて何か言っても、「だって可愛いじゃない」のような答えしか返ってこない。
以下は「野生生物への餌やり」についてのAIの回答だ。たぶん間違いのない回答だと思う。機械でさえわかることを理解できないのはいかがなものか。
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野生生物へのエサやりは、野生動物の健康を害し、生態系のバランスを乱し、人と動物のトラブルを引き起こすため、絶対にやめましょう。動物は人間からエサをもらうことに依存し、自分で餌を探す能力が失われます。また、人間が与えるエサは添加物などで病気を招いたり、過剰に繁殖して生態系に悪影響を与えたりする可能性があります。さらに、エサやり場所周辺に動物が集まり、鳴き声やフン害など、周辺環境への被害も発生します。人と動物との適切な距離を保つことが、双方にとって大切です。
エサやりが引き起こす問題
私たちができること
若い頃から人の動きや表情を観察する癖があったが、年を食うに従ってより中身が見えてくるようになってきた。
悪い顔つきに悪い目つき。中身が良い訳がないと思って見ていると、成る程と思う発言が口から出てくる。
そんなのがトップに立った政党。そんなのが日本のトップに立ったら日本はどうなるのだろうか。
今年はいまのところ2名の日本人科学者が選ばれている。嬉しいことだ。
さて、村上春樹がノーベル文学賞候補として毎年騒がれるが、私は毎年「なぜ?」という疑問符しか思い浮かばない。
候補者は各賞約300人くらいの人が選考される。4月頃には20人まで候補が絞り込まれる。集められた候補者は4月頃をめどに20人まで予備候補者として絞られる。そうして5月にはさらに5人まで絞られる。
だがここで重要なのは候補者は公表されないのである。何位とか報道されることがあるが、あれはブックメーカーが勝手に発表している賭け率であって、選考にあたっているアカデミーは何ら関与していない。
候補者は事後50年経つと公表される。おそらく当時の基準で本人が死んだであろう年数が経過してからということだろう。50年の経過を待つ前に関係者筋から本当らしい噂が漏れることもあるが真偽のほどは公開までわからない。
このように候補になっているか不明なものを毎年騒ぐのはどうなんだろうか。他には値する文学者は居ないのか。居ないのだろうな。
ウポポイという国の施設が突然計画され作られた。北海道民として見ていても不自然な出来事だった。当時、札幌市議会議員が「アイヌはもういない」といった発言でつるし上げられたのは記憶に新しいが、実際北海道民でも存在を知らないどころか無視あるいはいまだに差別しているのは明らかな事実なのだ。
2007年9月13日に国連で採択された「先住民族の権利に関する国際連合宣言」がある。国際法上の法的拘束力はないが、先住民族に対する差別の禁止と先住民族の権利の明確な保持、そして彼ら自身が目指す経済・社会的開発の継続を促進することが明記されている。
この国連宣言をふまえ、2008年6月に「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が衆議院および参議院において全会一致で採択されは。政府は同決議を受け「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」を設置。有識者懇談会は報告書をまとめ、2009年7月に公開した。ここで「民族共生の象徴となる空間の整備」の必要が議論されたことが、民族共生象徴空間という名称へと直接的につながっていく。
このような経緯から「民族共生の象徴となる空間」は必要とされることになった。アイヌ政策推進会議では、一部のアイヌの人々の意見を踏まえつつ、総合的かつ効果的なアイヌ政策の推進が目指されることが確認された。
2009年に公表された有識者懇談会の報告書では民族共生象徴空間について、「これらの施設及び空間は、本報告書のコンセプト全体を体現する扇の要となるものであり、我が国が、将来へ向けて、先住民族の尊厳を尊重し差別のない多様で豊かな文化を持つ活力ある社会を築いていくための象徴としての意味を持つものである」と記されている。
つまり、「先住民族の権利に関する国際連合宣言」という国際的な流れから「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」がなされ作られた施設であって、存在さえ無視され続けてきたアイヌ自身がアイヌ文化を守ろうという発想から生まれたものではない。
悲しいことに日本人どころか北海道民でもアイヌの存在を無視し続けている人は多い。古くは東北地方にまで居住地域が広がっていたアイヌ民族が戦国の世のころに次第に本州から追い出され、最終的には北海道の地さえも奪われた歴史はほとんど知られていないどころか無視され続けている。
本州アイヌ(wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E5%B7%9E%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C
「ウポポイはなぜ作られた」とググると「観光目的」いった意見が多いのも当然だ。私は対外的に恥ずかしくて作ったと思っている。