Monologue」カテゴリーアーカイブ

なんだか恥ずかしい話

60代以上だと聞いたことや経験したのも居るだろうか。韓国などの海外に「買いに」行った人たち。当時は韓国だったか、わりと話題になってたがアウトドアで遊ぶのに忙しくて行く気も起きなかった。

なぜ今こんな話かと言うと、知人の夫が最近そういう理由で海外旅行に行ったという確信を得たからだ。

なぜ確信を得たかというと、何年か前に「某国に行くのでガイドブックを貸して」と来たのに、何も思い出話を聞いたことが無かったからだ。また、それが確定したのは彼が遊びに来て「あの旅行で何処を見てきた?」と聞いた時に「ガイドに任せて見たから覚えてない」という答えが返ってきたからだ。

旅行に行って見たものを言えないなんて、言えないものしか見てないだけだろ(笑)

気になって調べたら違法だけれど何カ所か「買える」地域があるらしい。男数人で行く海外旅行って怪しいいんだよね。

カッコつけていても、なんとも情けない男だこと。。。

黄金銃を持つ男

トランプが新造船の艦艇をトランプ級と名付け、黄金艦隊という名称まで飛び出したと聞いて、007シリーズ唯一ともいえるお笑い映画の「007黄金銃を持つ男」を思い出した。単純に「黄金」から連想しただけなんだが。

そこでCopilotに「トランプが黄金銃を持っている画像を作って」お願いしたら「実在の有名人が武器を持っている画像は作れない」と断られてしまった。

ではGeminiはとお願いしたらこんなのを作ってくれた。ありがと(笑)

どうして金色が好きなんだろうね(笑)
成金趣味とか田舎者と陰で言われてるのに気が付かないの?

アクセルの踏み間違い

ずいぶん前からアクセルの踏み間違い、特に高齢者に多い事故が問題になっている。と言うよりも、問題視したマスコミの論調になっている。

さて、アクセルを踏み間違えたから何処かに突っ込むのか?

前進と後進を間違えたから駐車場のフェンスを突き破ってビルから落ちるのか?

普通であれば間違いを認識して修正する。ブレーキと思ってアクセルを踏んでも動いた瞬間に足を離しブレーキを踏み直す。前進のつもりが後進なら、一度止まってシフトを入れ直す。

修正する能力が無くなっているから事故になる。高齢者の事故として考えるなら大差はないかもしれない。しかし、どう防ぐかと考えると大きな違いがある。

マニュアル車に乗っている連中が「マニュアルならそんな事は起こらない」と言うが、考えれば分かるように同じことが起こる。私もマニュアル車に乗るから分かる。

高齢者の免許証更新時にどんな内容の試験を行っているかわからないが、ボケが始まっているかの診断ではなく、なぜ高齢者の運転が事故に繋がるかという論理的な解釈を抜きには意味がないだろう。

顔つき、目つき

若い頃から人の動きや表情を観察する癖があったが、年を食うに従ってより中身が見えてくるようになってきた。

悪い顔つきに悪い目つき。中身が良い訳がないと思って見ていると、成る程と思う発言が口から出てくる。

そんなのがトップに立った政党。そんなのが日本のトップに立ったら日本はどうなるのだろうか。

小樽の海鮮は高くて不味い

小樽在住なのであまり言いたくないが、小樽の海鮮は高くて不味い。

出てくるものはほぼ地場ではない。なぜなら小樽はマグロもサーモンもカニも上がらない。上がるカニはロシア産😂

地場の物は高くて呆れるほど。近隣の札幌から来た客が高くても払うようになって高騰し、旅行客がさらに高い金を払った結果バカみたいに高騰した。それでも市場で買って食べればまあまあ手ごろに食べられる。

私は昔も今も日本中の海鮮を現地で食べているが、どこにもないくらいに高くて不味い。

旅に出る前に近くの海に近い所で舌を磨いてから旅に出るべきだ。東京だって千葉や神奈川、静岡など美味しいところがたくさんある。こんなのを許していると日本中高くて不味いものが氾濫する。

嫌いな言葉

「スピード感」

東京都知事のオバサンが多発して一般的に使われるようになったが、スピード感を持って行うと言ったこと全てが遅々として進まなかった。

「スピード感」と「やっている感」は同義語だ。

「自己責任」

危険なことを行おうとする連中が口にする「自己責任」。自分で責任を取るから大丈夫と思って口にするのだろうが何も考えていない。

責任も取れないのに責任という言葉を使う。言っちゃ悪いが死ぬのは勝手だ。しかしその後の処理を行う人々には責任を持たない。

危険な状況で助けに行く方々。そんな中を死体を回収に行く方々。そんな方々の事など考えもしない無責任さ。

この世に「自己責任」で完結するものなどない。

やっぱここがいい

Facebookを使い始めてブログを使う頻度が極端に減った。やはり編集しやすいのと、読んだ人の反応が早いからかもしれない。

しかし、たいして知りもしないで反論してくる学者や、物知り顔の記者達に辟易していた。

これからは写真はInstagramに、文章はここに書いていこうと思う。

狭小住宅バブル

テレビなどで狭小住宅が取り上げられ、間取りでいかに工夫するかといった番組が出てくるほどとなった。「狭小住宅バブル」と言うらしい。ちょっと昔のバブル期にも地価高騰で仕方なく狭小住宅にする建て主が増えていたことを思い出す。

階数を増やし中二階などいろいろな工夫で少しでも広く住みやすそうな家をどう作るか、今も昔も似たようなことを考えているようだ。幸いにも地方では土地はまだ安いのでひょろひょろな薄っぺらい家にお目にかかることは少ない。

関係ない自分は「そんなものにとんでもない金をかけて借金するくらいなら、地方へ移住して普通の家に住みたい。」と考える。最近の都内ではまた数億の億ションが増えている。楽に払えるお金持ちなら何も言うことはないが、庶民が無理に背伸びして手を出すと無駄な人生を過ごすことになるだろう。

私が知っている狭小住宅は当時もテレビでも取り上げられ「こんな素晴らしい工夫をした家がある」と言われていたが、今は空き家になって2軒を1軒にして使われている。今見ると無駄な金をかけ時間をつぶした工夫だった。家というのは長い年月を過ごすもの。その時間の中で使い方使われ方が変わっていくものだ。

人は年齢を重ねると足が弱り2階へさえも足が遠のく。狭い階段で3階や4階へ登らないと生活できない家に住み続けられるのだろうか。子供も成長して巣立っていく。いろいろな趣味を持つことで物も増えていく。今は「すごいすごーい!」と住んでいても10年20年後にはお荷物になるような家なのでは?

そういえば昨夜の番組で、車庫の一方の壁を無くして、「これをコンチレバーと呼ぶ」とか言っていたが、私が知る限りそんな名称はない。昔から構造力学にはカンチレバー(cantilever)という片持ち梁構造があるが、いい加減な建築家に監修させた番組なんだろう。今どきの建築屋はほとんど構造力学を学ばずに学校を出ているのだから。そんないい加減な連中に煽られて家を建てると後悔するのは必至だ。

狭小住宅 #狭小住宅バブル #コンチレバーって笑える

「情報がない」

少し前から耳にするようになった「情報がない」というセリフ。多くは情報が有るのに拾えない人や、探そうともしない人だ。

災害で現地に入ることすら出来ない中で「現地の情報がない」と文句を付ける。

情報は有るのに探しもせず「情報がない」という連中。

1週間以上前から台風が通ると分かっている地域に入って「(台風が)来ると思わなかった」と言う奴ら。

またそんなのばかり拾って電波にのせるマスゴミ。

そんなのばかりのテレビや新聞。

知り合いの新聞記者が「新聞は事実を載せるもの」と言っていたが、「新聞は事実の中から選んで載せるもの」と訂正してほしい。一番大切なはずのものを取り溢してばかりだから。所詮情報は多くのゴミの中から自分で判断しながら集めるしかない。溢すなよバカ。

「再生可能エネルギー」って本当に再生可能なのか?

「再生可能エネルギー」というまやかしの言葉が出てきて久しいが、本当に再生可能かという疑問に答えてくれる人に会ったことがない。再生可能エネルギーとはとネットで見ると大体はこんなことが書かれている。

「再生可能エネルギー(Renewable Energy)とは、石油や石炭、天然ガスといった有限な資源である化石エネルギーとは違い、太陽光や風力、地熱といった地球資源の一部など自然界に常に存在するエネルギーのことです。その大きな特徴は、「枯渇しない」「どこにでも存在する」「CO2を排出しない(増加させない)」の3点。」

この中で「枯渇しない」「どこにでも存在する」はたぶん正しいかもしれない、しかし「CO2を排出しない(増加させない)」はまったくの嘘だ。機器を作る時と機器を処分するときに発生する二酸化炭素はまったく無視している。この問題は「再生可能エネルギー」だけではなく電気自動車にも言える。自動車を作る際と処分する際の二酸化炭素は無視したままだ。アメリカの新聞社が試算した例を見たことがあるが、日本国内では見たことがないし話題にすらならない。

近頃周囲で増えてきている風力発電や太陽光発電も「再生可能エネルギー」に含まれる。確かに太陽光や風は資源を使わなくても発生しているものだ。だが、それをエネルギーに変える機器は資源を使って作られているし、使い終わった機器の処理さえもまだ確立しない中で作り続けられている。

そのうえ現在主流の太陽電池に使われているものは希少金属と呼ばれるもので中国由来の材料を使うためおよそ9割が中国の製品となっている。最近開発されたペロブスカイト太陽電池はまだ発電効率や価格の問題があり大規模な利用は見込まれない。

また今年ようやく釧路湿原に生息するオジロワシやタンチョウの鳥類やキタサンショウウオへの影響を理由に再調査を業者に要求するなどしているが、すでに遅すぎることだ。

もうひとつの風力発電は30年以上前から超低周波音の人体への影響が危ぶまれているが、遅々として影響の解明が進んでいない状況だ。こういった金にならない研究に研究費を使えなくなっている今の日本では解明は無理なのかもしれない。基礎研究というものは無駄金を使うものという今の日本の状況についても危機感を持って論じてほしい。

風力発電にはもう一つの危険がある。それは鳥類への影響で、生息域に建設することによる影響と、バードストライク(鳥類への衝突)がある。バードストライクについては今年ようやく多発する時期に発電を止める対応がとられた地域があるが、それでもなお衝突は起こっている。「多発する時期」のみの停止だからだ。

また、風力発電は機器を輸入に頼っている現状では故障時の休止が長くいこともほとんどの人は知ろうともしない。また耐用年数が過ぎた巨大な機器の莫大な撤去費用からも目を逸らしている。建設費用と発電量と撤去費用を合算したときにどれほどの利益が得られるのかを書いた記事も一部にあったが、ほとんどのメディアは無視したままだ。

原発の事故からかなりの年数が経過しているが、未だに原発恐怖症から脱却できずにいる日本。そのために恐ろしいほどの化石燃料を燃やし続け、風力や太陽光などのまだ研究も進んでいないものを建設し続けてその向こうにある恐ろしい状況から目を逸らし続ける日本。これが人間が利益を得られれば自然はどうなっても関係ないという「環境後進大国日本」の現実だ。