パソコンの話題というわけではないが、着うたを自作してみたので方法をメモしておく。携帯を買い換えた時に自分で買ったものを移動出来ないというのが理不尽に思えたからである。
自作着うた(MMF形式)の作成や自身の端末への登録は著作物の個人的利用に該当するために合法であるようだ。
当然他人への譲渡やサイトなどでの公開は違法行為となるので注意。あくまでも個人利用の範囲で音質が落ちた音源を使うのだからOKという考え方なわけだ。
MMF形式は音質が悪いと一般的に評価されているが着うたとして使うには十分な音質だと私は思う。
投稿者: g3.otaru
道内のエキノコックスの報告数
北海道感染症情報センターのエキノコックスの報告数(感染数)
まったく関係の無い調べ物の途中でたどり着いたデータを見て驚いてしまいました。増えていることは知っていましたがこれほどとは思いませんでした。
北海道全域での報告数を年毎にまとめてグラフにしてみました。
線形で近似すると確かに右上がりの線が現れます。10年前の倍までは行かないですが近い数値が見て取れます。
エサに駆除剤を混ぜてキツネの生息域に散布するなど、駆除するための新しい試みが行われているようなので成果を期待したいところです。
キツネにえさを与えることなどは絶対に行わないでください。かわいい野生動物は遠くから見ているからかわいいのです。彼らがエサを求めて里へ降りてくることは不幸な結果を招きます。
しゃこ
小樽しゃこ祭が今年も行われた。ご存知の方もいるだろうし行った方もいるだろう。
残念ながら私は行けなかった。
でも今年は生れて初めて食べたと言っていいくらいに美味しいしゃこを食べられたのである。
市場で買って食べて美味しいと思っていた味がぶっ飛ぶような味だった。
この50年、何を食べていたんだろうと思う味だった。小樽生まれで小さい頃から幾度と無く食べてきた私がである。
しゃこ祭の記事で「美味しかった。またスーパーで買って食べます。」と言っていた札幌の方に私は言いたい!
スーパーで買ったってダメ!!
赤いのが並んでる店もダメ!!
トムラウシ山夏山遭難の中間報告
日本山岳ガイド協会(東京)の調査特別委員会が中間報告書を出した。
北海道新聞社の社説で取り上げられている。さすがに社説だけあってきちんとした内容である。
委員会の座長の記者会見で「一般論で言えば(遭難を)防げた部分もある」とある。
社説の中でもあるように客・ガイド・ツアー会社それぞれに責任がある。そのそれぞれが責任を果たしていれば簡単に防ぐことは出来たろう。だが現状でもこれからもそれは難しいことだろう。
座長もそれをわかった上での発言だと思う。
これまで毎年のように起こる事故の度に言われ続けていることだが、装備の不備、日程の不備、判断の甘さが全ての原因である。
北海道は夏でもセーター一枚の差が生死を分ける気候だという認識。条件が悪ければ「また来れるさ」と一歩退く余裕。それらを持たないと死ぬ場所なのだという認識を持たなければこれからも死に続けるだろう。
その社説は「悲劇を繰り返さないための教訓として生かしてほしい」と結ばれている。
近所の蕎麦屋
前から気になっていた蕎麦屋に入る機会があった。
もりのきのブログで読んで「あの店だ!」とわかった瞬間から行きたかった店です。明らかに自宅を改造したお店で、ちょっと外見だけだと入るのをためらう雰囲気です。どう見ても趣味が高じて店を出してしまったという感じなのです。(ごめんなさい)
しかし、食べてみてその美味しさに驚きました。
蕎麦粉十に小麦粉一の外一という配合だそうで、蕎麦の香りも食感もいい感じです。今現在小樽近郊で一番と言える味です。
機会があれば是非お試しください。
手打ち蕎麦 きむら 小樽市幸3丁目16-8
営業時間 11:30~15:00 (売れきれ次第閉店)
定休日 月曜日・第3火曜日
後日、「なまら旨い!北海道」でもこのお店が紹介されました。
鶏飯(けいはん)
「忘れられたオーストラリア人」
その言葉をニコール・キッドマンとヒュー・ジャックマンが共演した映画「オーストラリア」の中で知った。
オーストラリアでは1970年台半ばまでアボリジニと白人の間に生れた混血児などに対して虐待が行われてきた歴史がある。
映画の中でその事実があったことをエンドロールで見て驚くと共に、オーストラリア人の監督がオーストラリア人のニコール・キッドマンとヒュー・ジャックマンと共に映画を作った事にも驚いた。
綺麗な奥様が未開の地で珍道中を繰り広げるストーリーだと思って見始めて、中盤からの意外な展開に引き込まれて見ていた物語に、その物語で語りたかった意味という答えを見つけたような気がした。
時事通信の記事によると「オーストラリアのラッド首相は16日、1930~70年代に国内の孤児院など養護施設で、国内や英国から連れて来られた子供たちに対して精神的、肉体的、性的な虐待が行われていた事実を認め、「忘れられたオーストラリア人」とされる当時入所していた50万人もの国民に正式に謝罪した。」とある。
同じく時事通信の記事で「英スカイ・テレビ(電子版)は15日、白人移民の増加を望んでいたかつてのオーストラリアに対し1940~50年代、英政府が児童施設の子供を選抜しては国策として送り込んでいたとして、ブラウン首相が近く公式に謝罪すると伝えた。」という記事があった。
15日付けのイギリス側の発表が引き金になって16日にオーストラリア側が謝罪に踏み切ったようにも見えるが、本当のところはわからない。ただ、どちらも同じ「忘れられたオーストラリア人」に対する謝罪だ。
映画「オーストラリア」は今年3月公開だったから、この映画が影響を与えたのではないかと言えなくはないだろう。
映画を賞賛する声の中にこの事実を広く公開したことに関するものがない事が少しさびしい。
ナニコレ珍
西村計雄美術館
共和町にある西村計雄美術館。
以前から知ってはいたけれど行ったことがなかった美術館です。
ちょうど生誕100年祭で特別展も行われていたので行ってきました。
1909年に生まれ91歳で亡くなる1週間前まで描き続けていた方です。
常に新しい表現を追い求めて世界を広げていった過程をつぶさに見ることが出来ました。
妻の希望で見に行ったのですが、今まで行かなかったことに後悔を感じました。
50年前の作品、晩年の作品、年代によってまったく違う作風ですがどの時代の作品もすばらしいものです。
小樽峠
浄水場から小樽峠へ歩いてきました。
平面図では片道7~8キロ程度でしょう。行きは2時間帰りは1.5時間程度でした。
途中の道は最近の雨でぬかるみや冠水などがあり、山靴よりも長靴の方が歩きやすい状態でした。
行きで出合ったオフロードバイクの若者は、すれ違う時にスピードを落とし、目が合うと会釈をして通り過ぎて行きました。
穴滝への分岐を過ぎてしばらく行くと大型のウサギと遭遇。おどろいてヨタヨタと道路脇の草むらへ飛び込んで行きました。驚かして申し訳ないです。
途中にいくつかビューポイントがあり、築港あたりの港の景色が彼方に見えます。家から見るおこばち山をちょうど反対側から見ることもできました。
昨年歩いた天狗から遠藤山の山筋も一望できました。
野草の会と山岳連盟が設置した看板のおかげで小樽峠の場所も確認でき、積み上げられた砂利の上で昼食しました。
秋晴れの向こうに余市岳と朝里岳が真っ白に見えています。もう山の次期も終わりですね。
帰りはのんびりと気持ちよく下っていたのですが、明らかに違法に入り込んだ軽の初老の男に激怒!
冠水した道路の真ん中で洗車していて避けもしなければ謝りもしない。
しばらく歩いていると後ろから来て「よけてもらえませんか?」
当然返す言葉は「いやです!よけたくありません!」
それまで以上にのんびりとゲートまで引き返しました。
なんとも最近の年寄りは街中でも山でも傍若無人そのもの。
小樽もどんどん住み難い街になってきています。
やれやれ。

